お得なキャンペーン実施中!!

プレスリリース・環境衛生インフォメーション

国際ホテル旅館 第294号に林先生の記事が掲載されました!

▼詳細
~施設経営者のためのトコジラミ対策の話 2回目~

初めて存在が認識されたのは約400年前

【有効な対策を取るため渡来の歴史を知ろう】
昔はトコジラミなど都市部に普通にいて不思議ではなかった。
しかしこれがある時期からパッタリと姿を消し、人に記憶から欠落してしまった。

こいつがまたこの時期に何かのきっかけで人の目に留まった。
それも目に留まった人が、普通ではない人や場所だとたちまち、巷の話題になってしまう。

この話題のムシ、トコジラミ(別名 南京虫)は、いったいどこから、どのようにしてきたのか、その歴史をひも解いておきたい。
これは有効な対策を取るために大切な手順なのだ。

この虫は、温帯地域に広く分布し、欧州・北米・スエズ・エジプト・中国・南アフリカ・オーストラリア・インドの一部・西アフリカ及び
日本と広範囲にわたる。

そのトコジラミが我が国に渡来した歴史は、きわめて新しく、江戸時代の終わりごろなのである。

時代は、文禄4年で今から約400年前にさかのぼるが、今でいう「外国語和訳辞書」が刊行された。
その中に「トコムシ」の項があるが、これがトコジラミのことで、これが我が国に認識された最初の記録である。

またその後「和漢三才図解」(1713年)に「壁虱」(ダニ)として登場するが、これはトコジラミのことである。
それでも今から299年前のことである。

【外国から購入した古船とともに】
我が国における最初の研究は、幕末の学者、田中男によって、「南京虫又床虱」という記録が残されているが、約150年前のことである。
トコジラミの渡来は、幕府が外国から購入した古船とともにやってきたというのが定説。いうならばトコジラミは「舶来品」なのである。

その後は開港地を中心に各地に広がりを見せた。その様子は、日本各地を旅行した外国人が、「日本奥地紀行」という著書の中で、
よほど苦しめられたのだろう、「南京虫」の蔓延ぶりを紹介している。

なお、トコジラミが一般に知れ渡るようになったのは、明治10年の「西南の役」からで、小倉の兵営で発見され、
その後に大阪・名古屋・東京へと移行し、「鎮台ムシ」として名をはせた。その媒体はどうも外国から輸入した軍需品の「毛布」のようだ。

その後の定着ぶりは、「東京の虫年表」を見ると、昭和24年にはヒトノミ、ナンキンムシは常在化したと記載されている。

私がトコジラミと出会ったのは昭和34年のことで、東京の高田馬場の下宿であった。
ここの住人が多数、被害にあってこれが原因虫だと教えられていた時からだ。

こんな歴史を見ると、トコジラミは明治の開国、生活の都市化、今の海外からの観光ブームなど、それに伴う人荷の移動、
これがトコジラミのキーワードかもしれない。

まずはお気軽にお問い合わせ下さい。
フリーダイヤル 0120-60-1604

24時間対応/年中無休(年末年は始除く)

メールでのお問い合わせ